「鏡に映る自分」がわかる魚を初めて確認!~世界の常識を覆す大発見?
プレスリリースはこちら
概要
腾博会国际娱乐_腾博会游戏大厅-【官方授权牌照】大学院理学研究科の幸田 正典教授の研究グループは、ドイツのマックスプランク研究所などと共同で、魚類が鏡に映る姿を自分だと認識できることを世界で初めて明らかにしました。本研究成果は、自己認知といった高度な認知能力を持つのはヒトや霊長類だけではなく、他にも多くの動物ができる可能性を示しています。これは一般の人々のみならず、動物の認知や知性に携わる科学者の常識をも根底から覆す驚きの発見です。
本内容は、2019年2月8日(金)午前4時(日本時間)に米国の科学専門誌『PLOS BIOLOGY』のオンライン版に掲載されました。
https://journals.plos.org/plosbiology/article?id=10.1371/journal.pbio.3000021
研究者からのひとこと
魚類の記憶力や認知能力は低い(=魚はバカ)と、人は昔から考えてきました。本発見は魚にも自己認識など高度な知性や洞察力があることを示唆しています。我々は魚に対し「大きな勘違い」をしていたのかもしれません。ヒト中心ではなく、魚類を含め脊椎動物の知性を見直すべき時が来ていると思われます。
本研究の概略
鏡に映る姿が自分だと認識できる能力「鏡像自己認知」は、ヒト以外ではチンパンジーで確認され、その後イルカ、ゾウ、カラスの仲間などで知られてきました。いずれも高度な社会生活をおくる動物です。魚類でも高い社会生活をする、高い認知能力を示す種類が知られつつあります。今回の研究対象であるホンソメワケベラは、大きな魚の寄生虫を取り除いてくれる掃除屋として知られ、高い認知能力を示す魚類の一種です(図1)。
鏡像自己認知の成立過程 チンパンジーやゾウに鏡を見せると、はじめは同種他個体とみなします。しかし、しばらくすると鏡の前で不自然な行動を繰り返し行い、この「確認行動」により自分だと認識するようで、その後は鏡を使って自分の体を調べ始めます。自分の体を調べる段階で鏡像自己認知ができたと考えられています。
ホンソメワケベラも、鏡を見せた直後は自分の鏡像を同種他個体とみなして攻撃します(図2)。この魚もその後、鏡に対して不自然な確認行動を繰り返し行い、やがて自分だと認識し、鏡の近くで自分の鏡像を頻繁に見るようになります。この自己認知の成立過程はチンパンジーの場合とよく似ており、最後の段階で本種も鏡像自己認知ができたと考えられます。
マークテスト チンパンジー、ゾウ、カラス類などの鏡像自己認知は、彼らが鏡像認知できたと思われる段階で、彼らには直接見えない場所に印をつけ(額や喉など)、鏡を見せることにより検証(マークテスト)がなされます。彼らは顔や喉の印を鏡で見たときだけ、手、鼻、くちばしで自分の顔や喉の印を触るのです。鏡像の印を見て初めて自分の体の印を触ることは、「鏡像は自分」だと認識していないとできない行動であり、鏡像自己認知の強い証拠となります。
掃除魚のホンソメワケベラは、魚の体表で見つけた寄生虫を取り去ろうとします。本研究では寄生虫に似た茶色の印をその喉に付けると、鏡像の喉についた茶色印を頻繁に見ました。そして、追試データを含め実験個体8個体中7個体が、鏡で喉の茶色の印を見たときだけ水槽の底で喉を何度も擦りました(図3,4)。喉に印を付けないとき(図3;実験1)、透明な印を付けたとき(実験2)、茶色印を付けても鏡がないとき(実験3)は、喉を擦りません。ホンソメワケベラは喉の茶色印(寄生虫似)を鏡像で見たときだけ自分の喉をこするのです(実験4)。これらのことから、本種は鏡像を自分だと認識していると結論できます。さらに自分で直接見える茶色い印(体側の後方)は、鏡なしでも擦ることも確認しています。彼らは茶色印を寄生虫と見なしているのです。
?
図3 「マークテスト」。喉の茶色マークを鏡で見た時だけ喉を擦っている。
喉の印を擦る際、実験魚は鏡で喉の印を見てから水槽の底の砂や石で喉をこすります。面白いことに、そのあと擦った喉を鏡で確認するような姿勢をとります(31/ 37回)(図4)。この行動は、印を擦ったあと「寄生虫がとれたかどうか」を鏡で確認しているのだと考えられます。ホンソメワケベラは擦った喉の印の状態を調べるために鏡を積極的に利用しているのです。これも鏡像が何であるかを理解している大きな証拠です(図4)。
図4 鏡で喉のマーク(寄生虫)を見て、水槽の底で喉を擦り、すぐに擦った喉の様子を鏡に映して見ている。この一連の行動から自分の喉に「寄生虫」が付いていること、喉を擦る目的を自分で理解していること、さらに鏡を使って擦った結果を確認していることが伺える。これら一連の行動は、「鏡像が何であるか」を理解せずには行えない。
本種の鏡像自己認知はどのような心的メカニズムによるのか、例えば我々ヒトと同じような認識をしているのかは、今のところわかりません。この内面性の問題はこれからの大きな研究課題です。初めは鏡像を他個体と見なして攻撃し、その後自分かどうかを確かめ、それにより自己認知できること、これらの認知の過程はチンパンジー、ゾウ、カラスの仲間の場合と大変よく似ていることから、鏡像認知の様式もこれらほ乳類や鳥類と似ていると考えられます。この類似性は、物事の判断や思考プロセスが脊椎動物で共通していることを示唆します。また、これらは意思決定に関する脳神経回路が魚から類人猿まで脊椎動物全体で共通している、との仮説と一致します。
今後の展望:脊椎動物全般の認知能力の見直し
実は「マークテスト」は試された多くの動物で失敗しています。もしその動物に鏡像自己認知の能力があっても、その動物がマークを見ない、気にかけない、触ることができないのであれば、この能力は検出できません。本研究では対象動物の習性を上手く利用できたため、認知能力が確認されたのだと言えます。動物の習性を生かしたマークテスト、あるいは別の方法での実験によれば、鏡像認知能力がもっと多くの動物で検出できるはずだ、と我々は考えています。
高い心的認知能力の一つである自己認知は、ヒトに近縁な動物や脳の大きな「賢い」ほ乳類やカラス類だけができるとされてきました。最近、我々の研究室では、魚類の論理的思考、顔認知に基づく個体識別などを明らかにしています。このほか、相手の考えを理解する能力、さらに共感性といったこれまでは想像もされなかった能力も次々と魚類で明らかにされつつあります。今回の発見が、霊長類、類人猿やヒトのみが賢いとする従来の捉え方を根本から見直すことに繋がれば、と考えています。